日曜日の覚書

先日のHMS中級で、Zイントラさんにこんなこと言われました。

「まあ、長い間自由に乗ってきたわけだから、いろいろ直していくのは時間がかかると思いますが・・・」

私が
キャリアがないからヘタ
なのではなく、
キャリアがあるのにヘタ
であることを見抜いたのは、もしかしたらこの方が最初では?

さすが、と言うべきなのでしょうね。

うれしくないですけど。

“日曜日の覚書” への6件の返信

  1. 僕も何年か前、四方イントラに担当頂いた時の言葉をよく覚えています。
    「間違った乗り方で何年乗り続け練習したところで、決して上達はしません」
    そのとおり、「バイク歴」はスキルやマインドの醸成とはなんら関係ないんですよね。
    それよりもよく考えたいのは、同じキャリアでも、「スクール・キャリア」いわゆる講習会歴だと思います。
    練習を何回重ねても、納得のいく上達が得られない場合は、練習に対するアプローチを再考する必要があると思っています。
    「何も考えないで、ただ単に参加する練習」

    「走っただけで、自分は何ができなかったか、次は何をどうすればいいのかを系統的に考察しない、ワンショット的な練習」
    もしくは
    「自分の弱点を直視しない、もしくは誤った解析をしてしまう練習」
    「間違った指導員のアドバイスを見抜けないまま、妄信してしまう練習」
    などは何回・何年参加したところで残念ながら上達は望めないようです。
    モチベーションは、正しいアクションに繋げないと目に見える成果としてあらわれず、そもそもモチベーションが低いと上達があり得ないのはそこに理由があるんですね。
    そういうことを含めて、「考乗心→向上心」とは、よく言ったものです。

  2. <色:#000066>光Ginjiさん
    その点について、受講生から指導員さんへ苦言があります。
    「何年バイクに乗ってるの?」
    と問いかけたら、その答えに対するアドバイスを正直に下さい、ということです。
    「20年です。」
    と答える受講生に、ではこれからは・・・というアドバイスがあれば、とてもありがたいです。
    私は、講習会初心者だった頃、指導員や白バイさんの
    「まだ○か月です。」
    という答えを期待するかのような雰囲気にとても戸惑いました。
    バイク歴20年にして、ようやく考乗心が芽生えつつある受講生もいるということを、心に留めておいてもらえたら、と思います。

  3. つるばらさん、僕も講習会に初めて参加したのは
    「バイクに乗り始めて10年です」
    と答えなければならないくらい時間が経ってからでしたよ。そして、いざやってみると、千鳥も一本橋も何もかも、「まだ○か月です。」と答える人と同等か、それ以下にしか上手くできませんでした。
    つまりそれが現実。10年乗っても下手なものは下手。20年乗ってきても何も積み上げなければ進歩はない。
    そういう明確な事実があるだけです。
    その答えに対するアドバイスは、無言裏にあると思いますが、おわかりですよね?それこそが、講習会の精神のはず。
    だからもし言葉にするなら、Zさんと同じ主旨のことになります。あえてそのアドバイスを正直に必要でしょうか?自分のキャリアに酔ったりしていませんか?僕はそういうのは速攻で捨てましたので、つるばらさんと同じ苦言を呈したくなることはありませんでした。
    講習会に参加し、クラス分けがなされたら、その中のメンバーは同じ土俵で練習を開始しているわけなので、「それまで何年乗ってきたか」はとりあえず脇へ置いておいて良いと思います。要は、「その日からどう前へ進むか」ということですから。

  4. <色:#000066>
    光Ginjiさん
    正直に何を言って欲しかったか?
    考えてみました。
    直球型
    「崩れたフォームが染み付いてます。まずはもう少し後ろに荷重をかけられるよう、腰とニーグリップから意識してみましょう。」
    婉曲型
    「基本のフォームに立ち戻って、どこが自己流になっているか考えてみてください。」
    やっぱり甘えてますね。
    でも、講習会初心者は問題点や解決策に自分で気付くことができないのですから、「直球型」のような、アドバイスがあるとうれしいのです。
    あ、でも、指導する側にとっては(というより事象としては)
    「乗り始めて日が浅いのでまだフォームが身についてない」
    のと、
    「長年自己流で乗ってきたので崩れたフォームが染み付いている」
    のは同じことか・・・
    本人としては、「染み付いている」と言われた方が、まだ白紙のような新米ライダーよりむしろ矯正が難しいことが自覚できて良いんですが。
    蛇足ですが、私は自分のキャリアに酔ってます。
    今まで大きな事故もケガも無く、20年以上バイクが好きなままで、淘汰をくぐり抜け生き残ってきたことをありがたいと思ってます。

  5. なるほどつるばらさん。わかりました。
    良し悪しはともかく、僕の考えと立ち位置が全然違うようです。
    今までにあまた受けてきた講習で受けた「直球型のアドバイス」、どれも同じでしたか?
    中には正反対のことを言われませんでしたか?
    そのとき、どちらを信じましたか?
    …、僕もそういうことが有りましたが(今でもHMSでそういうことがありますが)、僕は、どれも信じますし、同時に、どれも疑います。いや、疑うというのは表現が穏やかではないな、どれも再検証します。自分のものにするために。
    つまり、直球も婉曲も、結局のところ、「受け身」ではダメでした。むしろ、あれこれ言われるより、目の前でやってみせてくれたことがいちばん効きました。
    ひとたびそのイメージが脳裏に形成されてしまうと、そのあとは、コトバの表現はあくまで脇役になりさがりましたね。
    結局、自分で反芻しなければ、何も自分の血肉にならないと思うのですが、どうですかね…。人によってはそうでもないのかな…。
    だからこそ、指導員の質の良し悪しも見抜くようになりました。悪いから言うことをきかない、というのではなく、なぜそういう着眼をしてしまうのか、という研究材料にした、というほうが積極的ですが。
    先にも書きましたが、僕もキャリアは20年を超えます。
    それゆえ、まだ未完成である自分をさらに知るにつけ、また、そのキャリアなど一瞬の油断と慢心でひとかけらも残らず吹っ飛ぶ脆弱さを秘めていることを感じるにつけ、酔いからますます覚めて行く方向にある、と感じています。
    つまり、自分がいろいろ積み上げたことで、知らず知らず近視眼的になってしまった「壁」を壊すことが、やはり時には必要ではないか、と思うのです。

  6. <色:#000066>
    光Ginjiさん
    考えや立ち位置の違う方と、こうやってお話できるのをうれしく思います。
    確かに、正反対のアドバイスを受けることはあります。
    身近なところでは、「もっと前にすわるのか、後ろにすわるのか」などです。
    私の場合は、技術が不安定なために、正反対の欠点が交互?に出ているのだと思ってました。
    だから、どちらも信じた、というのが答えになります。
    これは間違った解釈だったかもしれません。
    イメージの構築は・・・
    正直、まだあまりできていません。
    その分、言葉に翻弄されていることは否定できませんね。
    そんな自分の「講習力」レベルを考えて、今やらなければならないのは、断片的なその場その場の練習にせず、継続的に自分のライディングの現状(変化を含めて)を把握し、練習を続けていくことかな、と思います。

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