夫の入院が決まった時、私は特練を辞める決意を固めました。
もし、代表になれたとして、日本で1200人しかいないような難病で、しかも自力では立つこともできない夫を置いて鈴鹿に行く訳にはいかない、と思ったからです。
とはいえ、入院当日には、治療方針は決まらず、期間の見込みも立っていなかったので、そのあたりの情報がもう少し揃うまで、結論は出せませんでした。
夫には、辞めるつもりであることを告げましたが、夫の答えは
「あきらめるのはまだ早いんじゃないか?」
でした。
確かに、見通しが立たない状況であきらめるのは早計です。
でも、この春昇進したために、本業の方は昨年までと比べ物にならないくらい多忙になっていますから、夫の付き添いと特練と、両立というか三立?をムリして、私が倒れる訳にもいきません。
では、大会をこんな形であきらめて、納得できるのか?
あきらめてしまったら、
「人生をずっと、自分の運命を探求しなかった、もうそうするには遅すぎると思って暮らすだろう」
(パウロ・コエーリョ「夢を旅した少年 アルケミスト」山川紘矢・亜希子訳)
ということになるような気もしました。
忙しすぎる毎日の、そのくせよく眠れない夜をいくつも悩み抜いた挙げ句、私は週末に行われる、特練の選手選考会にすべてをゆだねることにしました。
もし選考会で勝って、代表選手に決まったら、迷わず鈴鹿まで戦い抜く。
(その間、夫の付き添いは、派遣か下請けか、なんでもいいから外注しよう)
もし負けたら、潔く特練を辞退する。
そう決めました。
私は運命というものを、結構信じています。
たいていモノゴトは、「一番苦労の多い方向に進んでしまう」ことが多いからです。
これを運命と言わずに何と言う?
ならば私は、選考会で全力を尽くすことで、自分の運命を知ろう。
そう思いました。
「自分のために最高の走りをしたいと思うこと」
それが集中力を高めるために大切だと、尊敬する方に教わりましたが、その意味が何となくわかったような、それとも全く誤解したような、両方の気がしました。
選考会前夜、夫は私の決意を聞くと、そうか、と優しく微笑んでくれました。
そして車椅子に座ったまま、私の左手首に、油性ペンでこんな言葉を書いてくれました。
「ハングリー精神と集中力」
その文字は、お風呂に入っても消えませんでした。
日本の文具、スゴいです。
