「ミドルマーチ」を3巻まで読んだ

暑くて走る気がしないので、この週末は読書三昧です。

英文学史上最高傑作とも言われる「ミドルマーチ」(ジョージ・エリオット作 廣野由美子訳、光文社古典新訳文庫版)全4巻中3巻まで読みました。
この本、図書館で借りて読んでいるのですが、私より1巻分だけ先行して読んでいる方がいるようで、まとめ借りしようと思ったら3巻だけ書棚になく、3巻を貸出予約して受け取りに行ったら、今度は4巻が無い、というちょっと楽しい展開になっています。

「ミドルマーチ」は、1829から32年のイギリスの架空の町 ミドルマーチを舞台にした、NHKの朝ドラ、じゃなくて、私の好きなオースティンやハーディの世界、つまり階級社会を背景に、ヒロインが悩んだり間違えたりしながら生きていくドラマチックな小説です。
それはそれで大好物なんですが、今回、刺さったのは、鉄道建設をめぐる、事業者と地元の人々の関わりです。
ちょっと長くなりますが、引用。

第56章
p.277
鉄道とは何かということについて、正確なことが何もわかっていないために、フリックでは住民全体が鉄道に反対だった。というのも、この草深い田舎の片隅では、未知なるものを称えよという諺に従うような傾向は見られなかったし、むしろ未知なるものは貧乏人にとっては不利なものだから、疑ってかかるのがよいというように考えられていたからだ。

p.288
運河ができたからって、貧乏人にとって何になる?肉もベーコンも持って来てくれるわけじゃないだろ?食うのを我慢しないことには、給料だって溜まりゃしねえ。わしの若いときに比べて、ますます暮らしにくくなってきた。だから、鉄道ができたって、おんなじことよ。貧乏人はほったらかしにされるんだ。

p.289
こういう相手は、否定しようのない真実をつかみ取っていて、彼らの実感できない社会の利益について、理路整然と説いて聞かせてみたところで(以下略)

これ、「鉄道」を浮体式洋上風力に、「運河」を電気自動車に置き換えても、全っ然違和感ありません。
新しい技術やインフラがもたらす効果や意味をあらかじめ理解してもらった上で導入していくのって、19世紀だろうが21世紀だろうが、難しいということなんでしょうね。

できればこんなことを、私より1巻分先に読んでいる見知らぬ人と、お話ししてみたいものです。

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