スタンリー・キューブリックじゃなくスピルバーグの映画「A.I.」を見ました。
最初にスタンリー・キューブリックっていう文字が出てきたので、キューブリック作品なのかなと思ったらそうじゃなくて、キューブリックのアイデアで、スピルバーグが作ったという話でした。
キューブリックへのオマージュですね。
この作品、「人造人間キカイダー」の伴大介さんがジローの心情を感じさせるものがあるっていう風に紹介してた記憶があって、見たいなと思ってたんですが、その通りでした。
遠い未来、人類がもう滅亡の危機に瀕して・・・と始ま流のですが、これってキューブリックの「博士の異常な愛情」で最後に核戦争が起こった、その後の世界みたいなイメージです。
その世界では、妊娠とか出産が制限されて、代用子供ロボットってのが開発されるんですが、その代用子供ロボットであるデイビッドが人間の子どもと折り合えなくて、家族から去らざるを得なくなってしまいます。
キカイダーのジローが、ミツコと一緒にはなれないのと同じです。
人間になりたいデイビッドは、童話「ピノキオ」でピノキオの人間にしてくれたブルーフェアリーを探し求めて、子どもに飽きられたテディベアのぬいぐるみロボットと、途中で道連れになった愛人ロボットのジョーと共に旅を始めます。
ラストは2000年後で、氷河期(核の冬?)になった地球での話になるんですが、そこに宇宙人のような姿をした、多分機械とか、とにかく人類ではないものが、2000年間凍結したままのデイビッドを見い出して、動き出すようにします。
デイビッドが持つ、過去の記録を入手するためです。
そしてブルーフェアリーのとこへ連れて行ってくれるのですが、やっぱり人間にはなれない。
ブルーフェアリーは、代わりに誰か会いたい人に会わせてくれると言います。
デイビッドはママを生き返らせてほしいと頼みますが、DNAがないとダメだという。
涙するデイビッドに、たまたまテディベアが、デイビッドが切り取ったママ、モニカの髪の毛を持っていて、それを差し出しました。
髪の毛のDNA情報からママは再現?することができて、デイビッドはたった1日、幸せな、ママと2人だけの時間過ごすという、儚く切ないハッピーエンドです。
(どうでもいいけど、最近の私、やたらハッピーエンドという言葉を使いがちだな)
さて、ここに来るまで、途中ボロ泣きポイントがホントに結構ありました。
最初はデイビッドを嫌がっていたモニカがだんだん受け入れて愛し始めていくんだけれども、別れなくちゃいけなくなるところ。
これはもう、キカイダーです。
ジローです。
また、愛人ロボットのジョーは、狂言回しというか、世間を知らないってモニカに言われちゃってた、その世間知らずのデイビッドを目的の場所に導いていく役割を果たすのですが、その彼が、終盤、捕まってしまいます。
彼には殺人の容疑、実は濡れ衣なんですけど、それがあって、逮捕され、破壊される運命でした。
ジョーは、I am 僕は生きてる、I was、僕は生きてた、って言い残してデイビッドの前から連れ去られていきます。
ここも泣きポイントでした。
そして思ったのは、スピルバーグというよりキューブリックでしょうか、追求し思い描いてたのは、「博士の異常な愛情」でもそうでしたが、人類が滅びても、それでもその先に残っていく何か、なのかな、ということでした。
最後にデイビッドがたどり着くのはモニカとのたった1日の幸せでした。
人類が滅びたとしても、1人1人の人間がたった1日、たった1つの幸せを得ることに意味があるのかもしれない。
そんなふうに思ってしまったのでした。
