実録!CBR650F購入回顧録(その1 出会いは消去法)

「死ぬ前にぜひ、ホンダの4気筒に乗りたい」
いつの頃からか、私はそんな思いに取り付かれていました。
今やバイクなんて、2気筒もあれば十分でしょ!?
というご意見には心から同意しますが、それでも私は乗りたい!ホンダの4気筒・・・
何と言うか、私の中で、それは「正統派 ニッポンのバイク」に思えて仕方なかったのです。

本命はもちろん、CBR954RRですが、それはとりあえず置いといて、今、私に乗れそうな現行機種は何だろうか?
CB1300?・・・ひとりで転覆?した場合、手の打ちようがありません。
CB1100?・・・この、「今さら感」はなんなんだろう?
CB400?・・・排気量の割に高価な気が・・・

そうやって考えてみると、残っているのは650です。
すると、HMSで練習可能なCB650?
何かちょっと、ピンと来ない、というか、BMW F650CSと用途というかテイストが同じじゃないか、それ?
すると残るのは、CBR650F、か。

ちょうどドカの1098Sを手放して少し経った頃で、SSへの未練が沸々と湧いてきた時期でした。
ん~、程度の良い中古があればそれにしようかな・・・
ネットで軽く検索してみると、状態の良い中古、いくつか見つかりました。

このような、消去法というかなり情けない選択方法でしたが、私はCBR650Fに狙いを定めることにしました。
そういえば昔、CBR600Fという、ちょっとかわいげのあるバイクもあったなあ。
意外といいかもしれない。
BMWがあるから、何が何でもすぐ買いたい、ってワケでもないし。
のんびり探せばいいでしょう

というわけで、私の「最後から数えてたぶん2番目くらいのバイク探し」が始まったのでした。

腱鞘炎が教えてくれる

今年始めから、腱鞘炎を患っております。
左手首なので、たいていの方からは、クラッチの使い過ぎ?と聞かれますが、明確な心当たりがありません。
確かに、新年早々、山(といっても宮が瀬ですが)に行った際、白っぽく輝く路面にびびりながら走っていて、手首にわずかな違和感を感じたのが始まりではありましたが。
でも、たった1回の冬ツーリングで、腱鞘炎にまでなるのものなのか?

実のところ、腱鞘炎でも、バイクの運転に特に支障はありません。
ただ、HMSのバランスコースで低速の練習をすると、普段の3倍くらい、手首(左だけ)が疲れました。
低速練習は、やってもやっても足りない気がしているので、これは厳しい状況です。
クラッチレバーの調整ってホントに重要!と身を以て知ることができたのは収穫でしたけど。

それにしても、低速練習って、トレーニングと呼ぶにふさわしいものなんですね。
こんなに手首を酷使するなんて。
↑力入りすぎているだけ、という説もあり。

ホームページの掲示板が2/28 23:59で終了します

利用者減のため、運営会社さんがサービスを停止するそうです。
まあ、最近はSNSで事足りるという方が多いのでしょうね。
私自身は、匿名性の高い掲示板には掲示板なりの役割があると思っていますので、とても残念です。

CBR650Fの1か月点検

行って参りました。
我が家からは50kmほど離れた茅ヶ崎のショップまで。
ワタシ、県内西方面には実はあまり明るくありません。
東名から圏央道に入るのを間違えて、山に行くはずが海に出てしまったことすらあります。
でも、このお店だけは、何故か最初から、迷ったことがありません。
それくらい、わかり易い場所です。

そして!
CBR650F(書き方くどいんだけど、CBR954RR様、F650CS様も我が家にはおられるので、区別がつくようにしておきたいのです)には、グリップヒーターを付けてあるのです。
たったこれだけのことで、冬のお出かけのハードル、めちゃくちゃ下がってしまいました。
さらに、手首を冷やすと腕全体がだるくなることには気づいていましたので、使い捨てカイロが入れられるリストバンドも付けました。
これで手元はカンペキ!

そんなわけで、気楽に出発したのですが、この季節の朝9時台の東名は・・・路面が白い!?
えー、一昨日はみぞれ降ったけど、昨日は水分増えるようなことなかったじゃない!
などと文句言ってもしようがないので、日陰側になる第一通行帯は避けて第二通行帯を・・・走ってみましたが、ところによっては、第二通行帯の方が白いのです。
もしかして、第一通行帯の方が、たくさん車両が通るので、路面も早く解けるとか?
真相は不明ですが、とにかくなるべく白くない方を選んで走りました。
ホント今まで、冬場は遠出してなかったんだなあ

1か月点検は、1時間程で終わりました。
ショップの方から、車軸がほんのわずか、ほとんどわからない程度に曲がっていたので調整しました、とのお言葉。
一本橋の上でエンストして右に墜落した際、反対の左側に振れたハンドルがカウルに当たってそれ以上切れなくなったので、車軸に力が加わったからでしょう、というような説明でした。
・・・というような、と書くしかないのは、内容が十分理解できていないからです。
後で調べてみなければ。
ともあれ、大きな手術?はなく、いちばん暖かい時間帯に帰路につくことができました。
帰りの東名上り、朝の下りより、風が冷たかったのが意外でした。

来週もグリップヒーターにモノを言わせて、どこかに出かけてみたいです。

喪中ですので


おめでとう抜きです。
今年もよろしくお願いいたします。
実は12月に新しいバイクに乗り始めました。
ウェアは買い替える余裕は無かったので、ドカのままです。

いとしの1098S


いろいろ悩みましたが、ドナドナです。
一途に走るために生まれてきたような、Ducati1098S、サーキットにも行かない私が所有し続けるのはかわいそうだな、と思ったから、です。

乗れば立ちゴケ、走ればヤケド、洗う時だけサマになる、みたいな時間を過ごしてきましたが、大切に思っていました。
私の、バイクに対する夢がかたちになったような存在だったのかもしれません。

なのに、最近では、会社のツーリングクラブの活動が中断してからは、ふらっと大黒埠頭に行くぐらいしか乗っていませんでした。

砧で行われた「受講生も指導員も女性限定講習会」にこのドカで参加した時は、事前に土手の坂道を降りる予行までやりましたっけ。
そうやって必死?で参加した、たった一度の講習会は最高に楽しく、その講習会を走りきったことが、後々、私の心の支えになりました。
私は1098Sで砧を走り切ったんだ!と思い出すことで、何度元気を取り戻せたか。

そう、もう乗らないけど、手放してしまうけど、この思いは、消えたりしないのですね。

ありがとう。
さようなら。
愛していたよ。

半分命がけの洗車

朝から洗車しました。
我が家で水が使えるのは南側の路上だけなので、8:30にして既にカンカン照り。
命の危険を感じて、ブレーキダストだけ落として終了。
洗剤で泡立てると、あっというまに跡だけ残して乾いてしまうので、結構せわしい作業でした。

・・・もっと早く起きろ、自分。

万葉の旅人

(前回からの続きです)
ダメだと思ったら、引き返す!
無理はしない!
心につぶやきながら進みます。
途中、リーシュを付けた白い犬ならぬ白いヤギを連れた人を目にしたり、辺りの光景が微妙に浮世離れしていく気がしました。
そして道は、どんどん細く、曲がりくねっていきます。

やがて前方に、私の苦手なものが現れました。
私の苦手なもの、それはGでもラッキョでもありません。
長くて真っ直ぐなトンネル!
走っているうちに、意識が飛ぶか目が回るかバナナの皮でも踏むか、とにかく不吉なことが起こりそうで、とても苦手です。
が、引き返しようがないので、気を静めて、粛々とバイクを進めました。
いつもアクアラインのトンネルを通る時に歌う「鉄腕アトム」を、口ずさむというより、おまじないのように唱えながら。

耳をすませ 目を見張れ そうだアトム油断をするな

科学の威力か十万馬力か、なんとかトンネル通過!
しかし、バイクを止められる路肩があれば、Google マップをチェックしようと思いながら走る道は、既に立派な山間部でした。

止める場所、止める場所、とつぶやき続け、のたのた走り続けた挙句、ようやく、道の駅の表示に出くわしました。
「道の駅 万葉」
・・・いつのまに私は、平城山に迷いこんでいたのでしょうか?

辿り着いてみると、「まんよう」ではなく、「まんば」。
群馬県ですが、レインボー埼玉からの、キャンセル待ち取れました電話の通話がぶちぶち途切れる程の場所です。
駐車場にバイクスペースがあるのがありがたく、ご当地土産のイングリッシュマフィンをゆっくり味わって休憩しました。
・・・長瀞で、買い食いばかりしてまともな昼食を摂っていなかったので、私は腹ペコでした。
ああ、イングリッシュマフィンにまぶされたコーンミールの香ばしさよ!

道の駅には、当然、地図が置いてありましたので、そのあとの道行きはスムーズでした、と言いたいところですが、最後に一つ、オマケがありました。
やっと行き着いた「道の駅 ららん藤岡」からしばらく関越に入れなかったのです。
表示は「関越・上越方面」しかなくて、私の行くべき「関越・東京」がどこにあるのかわからない!

もうみなさんには、おわかりと思いますので、この後は書かなくてもいいかもしれません。
関越自動車道藤岡インターは、上りも下りも入り口は同じだったのでした。
やはり私の磨くべきは、一人旅のスキルなのだと、心底痛感した幕切れでした。

それにしても、小鹿野って、どの辺りまでだったのでしょうか?
バイクの聖地は、ビミョーに謎に包まれたままです。

小鹿野ガンダーラ

(前回からの続きです)
私は軽い気持ちで、長瀞から小鹿野目指して出発しました。
時計は13:00、少し立ち寄るだけなら、十分間に合う時間でしょう。
簡単にスマホの地図を確認し、標識を頼りにバイクの里を目指しました。

バイクの里なんだから、たくさんバイクが行き交うあたりがたぶん目的地。
・・・と思ったのですが、あまり通りません。
小鹿野を示す標識は、現れては消え、また現れてを繰り返します。
でも、たどり着かないのです。
誰もが行きたがるが、あまりに遠い・・・その国の名はガンダーラ、じゃなくて小鹿野です。
いえ、私にとっては、どこかにあるユートピア、どうしたら行けるのだろう、教えて欲しい・・・
と孫悟空(=サル)の気分で、ゴダイゴの名曲を口ずさみながら、ひたすら走りました。

そうこうするうちに、ようやく電柱の地名が、小鹿野になりました。
ふと前方に目をやると、なにやら表示板が見えます。
左右1.5の目を凝らすと、何ということでしょう。
「バイクの森 休館中」
平日だから?というわけでもないような。
でも、ここはバイクの里。
他にも色々あるはずです。
行ける所まで走ってみよう、そう思って、前を向きました。

一本の道をひたすら走っていくと、横断歩道に歩行者がたたずんでいます。
バイクを止めると、その人は軽く会釈をして、横断歩道を渡って行きました。
あ、もしかしたら、こんなやりとりこそが、この地をバイクの里たらしめているのかもしれません。
ハコモノとか、そういうのじゃなく、通りすがりのライダーに会釈してくれる、という受容性。
ああ、行ける所まで走ろう!

でも、日本の国土は、そんなに甘くはなかったのでした。
あと一回続きます。

旅人始めました

二輪車安全運転全国大会が今年からありません。
廃止されたのです。
というわけで、私の、選手のためのコーチという役割もとりあえずなくなりました。

これからどうしよう?
指導員は続けていきたいと思っています。
では、そのために、私に足りないものを身につけなければ。
私に決定的に足りないもの、それは
旅の経験!

自分が技術的に未熟だと思うあまり、講習会やHMSでの練習に血道をあげすぎて、私には一人でのロングツーリング経験がほとんどありません。
バイクで一人旅をすると、どんなことが起きるのか?
行きて帰りし物語を完結させるために必要な知恵、スキルは何なのか?
これを知らずして指導員活動をしていては、行き着く先は曲芸師!?(いや、そんな卓越したワザは無いけど)

まずは話に聞く、ライダーのユートピア「小鹿野」に行ってみようと思いました。
何があるからバイクの里なのかすら知らないのですが、それは行けばわかるでしょう。

連休中とはいえ、暦の上では平日のその日、朝4時に起きた私は・・・家中引っ掻き回して、ETCカードを探していました。
ようやくリュックの底からカードを救出し、バイクを発進させた時、時計は既に8:00。
しょうがない、行くのは長瀞までにして、かき氷食べて帰って来よう。

普段使っている道ではなく、Googleがイチオシするルートを使ったせいで、関越に乗るまでに軽い葛藤と焦燥はありましたが、長瀞には思ったよりも早く着きました。
駐車場の気のいい、あるいは商売上手な管理人さんにヘルメットを預かってもらい(バイクなのにクルマ1台分300円/日を払った)、かき氷を食べたり、寳登山神社をお参りしたりしました。
さんざん歩いて、買い食いして、でもまだ時間は13:00前でした。

これは小鹿野、行けるのでは?

魔が差した、とはこのことでした。

長くなりそうなので、続きは後ほど・・・。