「ミドルマーチ」読了

先行者さんが期限内に返却してくれて、無事読めました、大団円!
実は、翻訳者の廣野由美子さんのウェブ講義を先に聞いておりまして(それが読み始めたキッカケです)、内容は知っていたのですが、やっぱり聞くと読むとじゃ大違い、沁みます。
ヒロインのドロシア始め、登場人物たちは、ミドルマーチで共に生きた日々から、それぞれの先の人生へ歩き出します。

この大長編のフィナーレの〆?は、次の文章です。
「世の中がだんだんよくなっていくのは、一部には、歴史に残らない行為によるものだからである。そして、私たちにとって物事が思ったほど悪くないのは、人知れず誠実に生き、誰も訪れることのない墓に眠る、数多くの人々のおかげでもあるからだ、」

思い出したのは大好きな少女マンガでした。
「やがて私達と共に
社会の一部となって
密やかに穏やかに
この世界を支えていく存在になっていくよ」
(ひかわきょうこ「彼方から 第7巻」白泉社文庫デジタル版、p.316)
「でも たくさんの人が
それぞれがそれぞれに与えられた自分の持ち場で
生き生きと頑張って
微力で大きな力を世界に拡げているよ」
(同 p.319)
「人は結局、本当に等身大で生きることが出来た時、最大の力を発揮するんじゃなかろうか。」
(同 あとがき」)

作家と漫画家の二人が記しているのは、まるで、日常生活の中で、エッセンシャルワークに励む人々へのエールのよう。
この二人がどちらも女性であることに、もしかしたら意味があるような気もします。
表現者として世に出た二人の女性の、生活者としての自分たちや、身近な女性たち、シャドーワークを担う人々へ向けた、暖かい眼差しであるような。

そして、揺籃期のテクノロジーに身を捧げた?、ワタシやあなた、その他全ての老若男女への・・・

「ミドルマーチ」を3巻まで読んだ

暑くて走る気がしないので、この週末は読書三昧です。

英文学史上最高傑作とも言われる「ミドルマーチ」(ジョージ・エリオット作 廣野由美子訳、光文社古典新訳文庫版)全4巻中3巻まで読みました。
この本、図書館で借りて読んでいるのですが、私より1巻分だけ先行して読んでいる方がいるようで、まとめ借りしようと思ったら3巻だけ書棚になく、3巻を貸出予約して受け取りに行ったら、今度は4巻が無い、というちょっと楽しい展開になっています。

「ミドルマーチ」は、1829から32年のイギリスの架空の町 ミドルマーチを舞台にした、NHKの朝ドラ、じゃなくて、私の好きなオースティンやハーディの世界、つまり階級社会を背景に、ヒロインが悩んだり間違えたりしながら生きていくドラマチックな小説です。
それはそれで大好物なんですが、今回、刺さったのは、鉄道建設をめぐる、事業者と地元の人々の関わりです。
ちょっと長くなりますが、引用。

第56章
p.277
鉄道とは何かということについて、正確なことが何もわかっていないために、フリックでは住民全体が鉄道に反対だった。というのも、この草深い田舎の片隅では、未知なるものを称えよという諺に従うような傾向は見られなかったし、むしろ未知なるものは貧乏人にとっては不利なものだから、疑ってかかるのがよいというように考えられていたからだ。

p.288
運河ができたからって、貧乏人にとって何になる?肉もベーコンも持って来てくれるわけじゃないだろ?食うのを我慢しないことには、給料だって溜まりゃしねえ。わしの若いときに比べて、ますます暮らしにくくなってきた。だから、鉄道ができたって、おんなじことよ。貧乏人はほったらかしにされるんだ。

p.289
こういう相手は、否定しようのない真実をつかみ取っていて、彼らの実感できない社会の利益について、理路整然と説いて聞かせてみたところで(以下略)

これ、「鉄道」を浮体式洋上風力に、「運河」を電気自動車に置き換えても、全っ然違和感ありません。
新しい技術やインフラがもたらす効果や意味をあらかじめ理解してもらった上で導入していくのって、19世紀だろうが21世紀だろうが、難しいということなんでしょうね。

できればこんなことを、私より1巻分先に読んでいる見知らぬ人と、お話ししてみたいものです。

ツールじゃない

職場の新任の事業部長と面談しました。
職歴や担当業務などの自己紹介、担当分野における将来の希望について話をする・・・はずと思っていたのですが、それは違いました。

今担当している業務によって、会社の利益にどれくらい貢献できるか?そのためのリソース利用の計画はどう考えているのか?

そんなことを聞かれました。

え、コレって、もしかして、抜き打ちの執行役員への抜擢面談だった?
私、技術系サラリーマンとして、人生の岐路にいきなり立ってる?

・・・ワケなくて、クールに考えたら、他部書から来た重役候補が、ネタ探ししている、と見るのが正解でしょう。
ははは、と力無く笑っておきましょう。

でも、この面談を通して、大きな気づきがありました。
私は、自分の業務に文句ばっかり言いつつ、自分の「仕事」を愛している。
海洋再生エネルギーの開発という、先の見通せない夢を追っている。
そしてそれは、今までずっと、ブレることはなかった。

私にとって、この夢、この仕事は、会社の利益を上げるための単なるツールなんかじゃない。
それが真情だったのです。

これじゃ、私、昇進だの出世だのしないわな。

女性の地位向上を、後進のための道すじを、そのために執行役員を目指して!
・・・そんな風に、私や同世代、後輩世代を励まし続けてくれた方々、ごめんなさい。
私はビジネス人である以前に、技術者、夢追い人でした。

やっと気づくことができて、ほっとしています。

「小さいおうち(中島京子)」と「小間使い(キャサリン・マンスフィールド)」

「小さいおうち」と「小間使い」、2冊をたまたま同時期に読んで(読み返して)気がつきました。
・・・ちょっと、似てる。
どちらも家事を担うべく住み込みで雇われた女性、女中と小間使いのお話です。
小さいおうちのタキは平井家の奥様に家族のような親友のような愛情を、小間使いのエレンは奥様と大奥様(既に故人)に崇拝と慈愛の入り混じったような愛情を抱いています。
いずれも雇用者と被雇用者の関係なわけですが、舞台は20世紀初頭の英国(たぶん。ニュージーランドかも。)と昭和10年代の日本、良くも悪くも両者の心理的距離の近さは現代の比ではありません。
タキはその後独身のままいくつもの家庭で働き、老後を迎えますが、大切な人として想うのは、空襲で亡くなったあの奥様だけ。
エレンは奥様から離れることが嫌で、決まりかけた結婚を取りやめて奥様との暮らしを選びます。
その在り様を、タキはノートに綴り、エレンは客人に語るのです。
読む人によって、いろいろな感想、意見が出てきそうな物語です。

さて。
「小さいおうち」で、一番心に残ったのは、登場人物のひとりが口にし、後にタキが回想する、「黒薔薇(くろしょうび、吉屋信子が私的に発行した冊子及びその掲載作品」の一節)。
「男女相愛の道程を辿るのは第一の本道であるにちがいない、けれどもなお第二の道はあるはずだ。そしてまた同時に第三の道も許されていいはずだ。」
異性愛、同性愛、職業愛(?)を肯定する文章です。
私は「黒薔薇」を読んだので(所有してます)わかるのですが、ここでは、同性愛のことを暗示していると思います。
ラスト近く、このお話ではひとつの謎が提示されるのですが、そこからも、
「タキは奥様に恋していた」
というふうに感じずにはいられませんでした。
さすが中島京子、と言っちゃったら、逆に偏見になりそうだけど、私は好きです。

そして、「小間使い」。
エレンの場合は、恋しているというよりは、「この人は、自分がいなくなったら生きていけない」と、無意識のうちに感じていたのかも、と思いました。
この時代の上流家庭、家族だけで家事をこなす能力も、そうする理由もあるわけもなく、エレンが去れば次の小間使いが雇われるだけです。
でも新しい小間使いは、エレンの奥様への愛情まで引き継いでくれることはないでしょう(誠意はあるかもしれませんが)。
とはいえ、エレンも自分自身の好みや行為が皆無というわけではありません。
大奥様の幼い姪たちを市(いち。今で言う商業イベントでしょうか)へ連れて行った際、荷車用ではない、娯楽用のきれいな飾りをつけたロバに心を惹かれます。
そしてその夜、エレンはその思いを一人、口にします。
「あたし、驢馬にのってみたいわ。驢馬にのってみたいのよう!」
・・・ここ、一番心に響きました。
純粋な、紛れもない自分の望み、たった一つの願い。
いいなあ!
こんなに何かに心から思い焦がれてみたい、とゼータクなことを思ってしまいました。

「夢がかなう、って、こういうことなんだ」

パリ・オリンピックももうすぐ終わる時期となりました。
熱心に誰かを応援していたわけでもないのですが、心に残る選手の言葉はいくつかありました。
その中でも、胸に沁みたのが、フェンシング女子サーブルの選手が口にした、タイトルの言葉です。
この言葉と選手の笑顔に、もう10年以上も前、神奈川県代表の選手として走った鈴鹿を思い出しました。

あれは、何年も特練に参加し、ようやく代表選手になって2回目の夏。
緊張しながらも、たくさんの声援を受けて、競技の最中「ああ、これが幸せ、ということなんだと」と心から感じたのです。

私は今、自分の一番やりたいと望んだことをしている。
そしてそれは、周りの人たちが、私に望んでくれていることと完全に一致している。
私はやりたいことをやっていいんだ、自由なんだ。
幸せって、ここにあったんだ。

結果は(チームメイトも驚愕の)個人3位、団体2位となりました。

むかしむかし、の懐かしいお話です。

とはいえ、幸せになるためには、血の汗流せ涙を拭くな、などと言うつもりはありません。
努力が実るとは限らない。
願いが叶うとは限らない。
でも、どうか、みんな報われますように。



ロッキーはスーパーキャット

ゆうべ、というか今朝、ロッキーが化けて出てきました。

土曜の朝、ベッドでまどろんでいると、お腹の辺りに、懐かしい大きさ、重さを感じました。
昔のように、横になったまま抱き上げようとしたら、柔らかな暖かい毛の感触。

あ、ロッキーだ。

姿は見えませんでした。
そうか、彼はこういう化け方をするんだ。

持ち上げたら、すうっ、と消えていきました。

ちょっと不思議で、穏やかな朝の化け猫。

ラッキーな週末

この週末、日曜日は小鹿野で開催されるライディングスクールにお手伝いに行く予定でした。
私の担当はまさかのデモ。
朝の集合時刻が早いのですが、デモ役が遅刻する訳にいかない、と言うか、会場設営に遅れたら大変なので、前泊の予約をしました。
が、スクール前日に出された当日の気象予報は大雨、中止に。

しかし、宿の前日キャンセル料が100%です。
これはもったいない!
自分一人なら、多少の大雨?は良しとして、帰りはズブ濡れ覚悟のソロツーリングに出かけました。
快晴の下の一人気楽な往路と、家事から解放された一夜を楽しんだ翌朝、霧に霞む山を見ながら早朝から帰路に着きましたが、結局、雨にはあたらず。
帰宅し、簡単にバイクの清掃までして、一息つきました。
ご近所界隈で雨が降り始めたのは13時過ぎ、しかもあっという間に土砂降り。

私、とってもラッキーな週末を過ごせたみたいです。
CBR650Fで走る小鹿野の道は、空いてて楽だったし、涼しかったし、何より緑がとても綺麗でした。

こんなこともあるんですね。

バイクの神様、ありがとうございます。

2024年の視界

新年最初の日曜日、CBR650Fに火を入れるべく、ランチツーリングに出かけました。
久しぶりのお出かけですが、車検を済ませたばかりのバイクは絶好調!
目指すは横須賀・ソレイユの丘です。

過酷な勤務が常態化しているためか、肩凝りやら腰痛やら、ほとんど持病みたいな身体的な不安を抱えつつの初乗りでしたが、走り出すと不調はきれいに消え(ホントに)、気分爽快でした。

そろそろ年齢的にバイクは危なくなってくるのか、人並みにそんな心配もし始めていましたが、今のところ大丈夫か?

そんなことを考えながら、保土ヶ谷料金所で一時停止した夫(ETCの事情)を待つべく、パーキング出口付近にバイクを停めることにしました。

路面がちょっと荒れてるけど、全然平気!
・・・とバイクを寄せたら、全然平気じゃない!
路面が荒れてるんじゃなくて、ジャリジャリだった!
ここはイヤ!
と、少し先の、確実に鋪装が綺麗な場所に一時停止しました。

単に荒れた鋪装路面か、ジャリジャリ路面か、遠目で見分けられなかったんですね。
とりあえず、明るい時間帯で助かった、というところでした。
ゆっくりと、しかし確実に忍び寄る我が身の経年劣化、心せねば。

そういえば、道路標識の細かい文字が判読できる距離も、短くなってきてるかな。
暗くなってからの車線変更も、ミラーに映るライトで見づらくて、目視で後方確認はするものの、ちょっと怖いなと思うこともあるし。

まだまだバイクには乗っていたいから、視覚の感度が落ちてきているのなら、視界に対する感度を上げていかねば、と痛感したランチツーリングになりました。

ともあれ、今年も元気に楽しく走りたいです。

おやすみ、ロッキー

「ロッキーが虹の橋を渡りました。」
夫からのラインに気づいたのは受信から30分後、客先との懇親会が終わって、会計を済ませた時でした。
私が飲んでる真っ最中だったのか・・・。
2023年4月17日19:35、17歳8か月と14日の生涯でした。
大切な家族だった一匹の猫。

その朝、私と夫は、ロッキーをかかりつけの獣医さんに預けました。
前夜、何度も力尽きそうになりながらも苦しい呼吸を続けていたので、もしかしたら持ち直すかもしれないと思ったのです。
でも、助けることはできませんでした。
大の苦手だった動物病院で、大嫌いだった獣医さんに看取られて逝ってしまった・・・こんなことになるなら、家で最後の瞬間まで、見届けてあげたかった・・・。
死因は腎不全。
10年近く糖尿病の治療を頑張ってくれたロッキーでしたが、生き物の命、というか臓器には当然ながら使用限界があったのでした。

彼(私と夫は会話の中で、ロッキーのことをこう呼びます)の死に関して、私には大きな後悔があります。
我が家で過ごした最後の夜、私が帰宅した時には、彼は衰弱のあまり水飲み用に置いてある容器まで辿り着けず、台所の床に伸びていました。
私は水を飲ませ、さらに給餌も試みましたが、食べません(当然か)。
その時、どうして気づかなかったんだろう、彼の大好物のツナ缶の、せめて汁だけでもあげよう、と。

その後帰宅した夫は、食事ができないなら、薬だけは与えなければ、と言い、おそらく致命的なミスを犯しました。
腎臓の薬と一緒に、インスリンを与えてしまったのです。
エサを食べていないのに、インスリンを与えたりしたら・・・。
後に、獣医さんからそのことを指摘されましたが、夫は受け止められなかった様子でした。
私は夫を責めませんでした。
気づかなかったこと・・・過失・・・は私も同じだから。

彼の死後、しばらく私は普通に冷静に過ごしていたと思います。
悲しみに浸ることが、仕事や現実からの逃避みたいに感じていたのでしょう。

ただ、こんなふうに考えていました。
これからはもう、一瞬たりとも違う場所で別々の時間を過ごすことはない。
いつも、ロッキーは、わたしの中ですやすやと眠っている、と。

だけど、平静さを無理に作って、悲しみから逃げていたことが、今となってはわかります。
夏を迎える頃には、私は感情偽装?に耐えられなくなったのか、ロッキーの死を思って、素直に泣けるようになりました。

今でも、思い出すと涙が出てくるのですが、やっぱり書き留めておきたい。
生きた時間の全てを、私たち家族にくれた猫のことを。

少しずつ、書いていきたいと思います。

諸人こぞりて、Freude!

12月初めのこと。

ある女性バイクジャーナリストさんが主催する、初心者を中心とした女性向けのバイクレッスンに、インストラクターとしてお手伝いに伺いました。
場所代やスタッフのお弁当代、その他もろもろ、受講生さんの参加費だけではとても運営できないレッスンです。
なのに、この方は、熱心に取り組み、私たちお手伝いに、お菓子の詰まった赤い袋までくれたのでした。
そして、そのお菓子の袋には、メッセージとクオカードが・・・

この優しさ、気配りは、他へつながなければなるまい!

というわけで、クオカード全額分食糧を買って、フードドライブに届ける事にしました。
が、なんだか気恥ずかしくて、しばらく実行に移せないままもうすぐクリスマス。

今日は会社で落ち込むことがあったので、ユミコさん(あ、名前言っちゃった)の優しさにもう一度触れたいと思い、遂に決行しました!
向かう先は、確実にクオカードが使えるコンビニです。
そのコンビニ系列のプライベートブランドに絞ってレトルト食品やお菓子、シリアル、パックご飯を選びます(割高になるのがイヤだから。せこい!)。
あれやこれや、何にするか悩む買い物の楽しみを久しぶりに味わいました。

レジを済ませ、店を出る時になって初めて、「諸人こぞりて」が店内に流れていたことに気づきました。
いちばん好きなクリスマスソングなのに、テンパってたんですね。

コンビニからフードドライブ受付のあるスーパーまでの道すがら、当然、「諸人こぞりて」を口ずさんでいました。
落ち込みは、いつのまにか消えたようでした。

Freudeはドイツ語で喜びを意味するのだとか。
ユミコさんに聞きました。
結果的に今日、私は誰か見知らぬ人にクリスマスプレゼントを贈り、喜びを感じることができた、ということなのかもしれません。

諸人に幸多かれ。